病気への恐怖心について【気にしすぎても意味ない】

雑感
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中年に差し掛かると日々体調不良に悩まされます。

不安があると毎年の健康診断での結果に一喜一憂しているのではないでしょうか?

20代の頃は健康診断といってもサラっと受け流しており、結果についても特に気にもならなかったのですが、次第に要再検査などの結果を突き付けられ、毎年病院に再検診に行く人もおられると思います

私も同じように会社の年に一度の検診であらゆる項目で要精密検査を突き付けられてきました。

なので健康診断の時期が来ると憂鬱になりました。

精密検査を受けても特に異常なしという結果になることがほとんどで、会社の健康診断についても信頼性に疑問がありました。

そんな悶々とした日々を送る中でいきなり倒れてしまいました。

前兆はなかったのですが、常時からだには小さな異変を感じていたのは事実です。

病気にはなっていないけど、絶えず健康に不安のある方にむけてお伝えしたいです。

無駄な心配は逆に体に良くない【心配しても結果は良くならない】

病気になる前から病気になったことを心配しても意味ないです。

気にするとストレスになります。

ですので、病気になっていないなら検診でひっかかっても気にする必要はないです。

検診は結構おおまかに診断されるので、再検査を受けたけれども特に問題なかったという場合が多いです

実際はじめて要精密検査になった時はいろいろネットで調べたのですが、同じように不安になっている人が結構いたので驚きました。

中年になって検査項目が多くなると、検診での結果もすべて良好というのも逆に難しいと思います。

ですので心配するのは無駄だと思われます

病気になるのは仕方ないので割り切る【経験として受け入れる】

じゃあ実際に病気になったら恐怖を感じるかどうかですが、想像していたよりも恐怖は感じません

もちろん不安はありますが意外と割り切れるものだなと思いました。(おそらく身近な人の方が心配して自分より消耗するのではないかと思います)

割り切れる原因はおそらく自分ではどうすることもできないということが理由であると思います。まな板の鯉状態で主治医の先生にお任せするしかありません。

実際に死にかけて思うこと

心不全で一度死にかけて助かったのが、倒れた時の記憶は全くありません。

寸前までは思い出しましたが倒れたときの苦しみは覚えていないです。

数日のあいだ意識不明になっており、目覚めたのですが、仮に死んでいたらと思うと、自分には全くその意識がないまま死んでいたのだと実感しました。

なので死ぬ時と言うのはそういうものなのだという経験を得ました。

記憶も痛みのないのなら死への恐怖のハードルは下がってしまったかもしれません。

病気という誰にでも降りかかる可能性のあるリスクは考え過ぎても意味がないと思います。平常心が最大の予防策です。

 

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